ブラックジャック 手塚治虫
大阪の実家の近くに貸し漫画屋があった。
漫画が何よりも好物だった姉と僕(二人とも小学校の時にマンガクラブ所属)は、夕方になると、よく二人でその貸し漫画屋に向かった。
当時、「手塚治虫」にはまっていた僕は、片っ端から「マンガの神様」の作品を読み漁っていたが、店頭にはマンガを並べるスペースに限りがあるので、手塚治虫のような古いマンガは、店主のおじいさんに言って奥から出して来てもらう。
「ブラックジャックの23巻と24巻と25巻ありますか?」
と僕が言うと、おじいさんはいつも一瞬固まり、
何も言わずにジロリとこちらを見る。
その眼差しには
「手塚か?おまえわかっとんな」
という意味が含まれているのは、他の漫画を借りた時に、この儀式がないのでも分かっていた。
おじいさんは、店の奥から本を持って出てくると席に座り、
「ブラックジャーーック、手塚治虫」
と結構でかい芝居掛かった声で誰に言うともなく言う。
どう反応していいのか分からず突っ立っている僕をよそに、おじいさんは店の帳面に僕の会員番号と日付を鉛筆で書き込む。
姉が漫画の借り賃を僕の分もまとめて払う段になると、おじいさんは、毎月難波のビヤホール「ライオン」で開かれる戦友会に中学生だった姉を「来たらみんな喜ぶねんけどな」といつも誘っていた。