夏の御堂筋線
26歳の夏。
あの夏も今年みたいに、驚くほど雨が降らない夏だった。
その時の僕は、イギリス留学を思い立ち、費用を稼ぐ為に東京のアパートを引き払い、地元大阪でテキ屋をしていた。
初日、御堂筋の道端に一人、
作ってきたTシャツを道に広げた風呂敷に並べ終わった時には既に、なんでこんなこと始めてもうたんやろうかと、深く後悔していた。
売り出してから、何時間も誰も見向きもしなかった。する事がないので、自分の人生はどこで狂いはじめたのかと回想してたら、目の前に、自転車に乗ったおっちゃんが止まった。
どう見てもTシャツを買いそうにない。
「なんや、にいちゃんTシャツ売ってんの?」
と言って、明らかに似合いそうにないデザインのTシャツを、自転車から降りずに手を伸ばして一枚掴むと、
「買うたるわ」
と驚く僕にお金を渡し、
「がんばりや」と言って、
大阪の夏の熱風の中、おっちゃんは颯爽と難波方面に走り去った。
今思えば、あれがそれからバカほど売れる事になる最初の1枚目だった。
僕はそれから、毎日のように警察に補導されたり、ケイゾー君と言う人が現れて手伝ってくれたり、本物のテキ屋の人に脅されてショバ代を払ったり、女の子二人組が昼間は売ってくれるようになったり、調子乗ってテキ屋を三店舗に増やしたり、東京から友人高木さんが新しいデザインを送ってくれたり、朝、儲かったお金を布団になれべて寝るのが、唯一の楽しみだったりして、気がつくと夏の間だけで、目標金額の倍以上稼いで、その後すぐにイギリスに行くことになる。
と、今日家でこの話になったら
「その行動力は無くなったの?」
と嫁さんに言われた。
もう無いと思う。
そのあと、難波方面に走って行った自転車のおっちゃんは、また僕のところにやってきて、
「これ食べや」
と吉野家の牛丼をくれた。
おっちゃんは、梅田方面に走っていった。