仕事先の会社の受付の長イスに、僕の他に、もう一人おじさんが座っていた。そこに若々しいおじさんが通りかかった。隣のおじさんはサッと立って、「〇〇さんですか?」と、若々しいおじさんに聞いた。若々しいおじさんは「違います」とだけ答えて早足に去っていった。僕は「待ち合わせで、声かけて間違うのはまあまあ珍しいな」と思った。隣のおじさんは、またイスに座った。
DIY
「お母さんの納骨の時の話しーや」
実家に帰った時、姉はそう言って父を急かしておきながら、「お父さん自分でお墓開けて納骨してんで」と結末を語った。
母との婚約指輪を一緒に行った宝石屋さんで値切り、母のお葬式代をも値切った父は、母の納骨をお寺さんに頼まずに自分で墓を開けて済ませてしまった。
「墓石の骨を入れるところがコンクリみたいなんで閉めてあって、なかなか開けへんくて大変やったわ」と父はうれしそうに言った。
仏事には詳しくないけど、それがかなりおかしい事は分かる。
「墓石に名前入ってへんけどな、まあええか」と、父はオチもありまっせと言わんばかりに言った。
僕は加瀬家の長男なので、父の納骨の時も、やっぱりその伝統に則って、風呂敷に父の骨壷を包み、リュックにはトンカチを忍ばして、夜中の墓地に霧のように現れる自分を想像してみる。
水戸黄門
痔かなと思った。そのあと、多分これが世に言う痔なんだなと思った。人に見せれるもんじゃないので、鏡の前でどうしょうもない姿勢になって覗き込む。「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番情けない人間はだーれ?」「はい、それはあなた様でございます。」とイケヤの鏡が言った。薬局の市販薬「ボラギノール」とかで中途半端にしない方がいいと思った。なぜなら、「薬局の風邪薬より病院でもらったものの方がよく効く」とよく聞く。善は急げ、肛門科に行った。「なんか痔っぽいんですが」と言った。パンツを脱いで四つん這いになる様にと言われた。見てもらうためにわざわざここに来たのに、見せたくはないとはこれいかにと思った。先生はゴム手袋をして患部を見ると「いつも清潔にしてください」とだけ言った。痔ではなかったみたいなの。
長袖Tシャツ
誕生日プレゼントに、嫁さんから長袖のTシャツを3枚もらう。よく考えると、僕はTシャツは買うし、トレーナーも買ってきた。シャツも持ってる。が、長袖Tシャツは買ってこなかった。着てみると今の季節に丁度いいし、何で今まで着てこなかったんだろうか。もし、過去に戻れるなら昔の僕に、長袖Tシャツを買うように伝えたい。でも、もし本当にいきなり昔の僕のところに、今の白髪混じりの年を取った未来の自分がやってきて、「長袖Tシャツは今の季節にすごくいいし、何かと便利だからこれからは買った方がいいよ」とだけ告げに来たら、昔の僕が自分の未来に失望するんじゃないか。なので過去に行くのはよしておこう。でもそうすると、どうしても45歳まで長袖Tシャツの良さはわからないままなので残念だ。